おかげさまで福屋創業90周年

Dear HIROSHIMA, この街で、これまでも、これからも。おかげさまで90周年。

今年、福屋はおかげさまで90周年を迎えます。
創業以来、たくさんの皆さまに
支えられてきました。
出会い、感動、思い出。それも90年分。
積み重なった90年分が、福屋そのものです。
今、広島は、世界のHIROSHIMAへ。
広島のポテンシャルは、今や日本に止まらず、
世界の人々をも魅了しています。
広島で育てられた感謝を胸に、
お客様視点のサービスで、
新しい発見と豊かさをお届けします。
福屋はこれからも地域の皆様と共に歩んでまいります。

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(1/1 中国新聞朝刊)

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おかげさまで福屋創業80周年

広島とともに、みなさまとともに80年 ありがとうございました。 「福屋と私」エッセー発表

福屋創業80周年にあたり、お客様から福屋の思い出やエピソードなど、
「福屋と私」をテーマにエッセーを募集したところ、
約100点のご応募がありました。
紙面の都合上、すべてご紹介することはできませんが、
一部をホームページ上でご紹介します。

新聞広告 皆様とともに80年はこちら



(PDF 5.7MB)



(PDF 8MB)

絵画コンテスト
宝田 恵子(45歳)〈広島市南区〉

今から約40年前、私が小学校に上がる前後のころ、福屋で毎年こどもの日にちなんだ催しの一つとして絵のコンテストがありました。
福屋の屋上で、子どもたちが大きな白い画用紙に向かってクレヨンでこいのぼりなどを描き、後日審査結果によって賞品が送られてくるというものだったと思います。
私も数回参加し、お絵かきセットなどを頂きました。いまでも、他の子どもたちと一緒に、大勢の人の前でステージの上でドキドキしながら絵を描いたことを覚えています。
この頃から街へのお買物といえば、いつも家族で福屋に行くことだったように思います。
ある時、お人形売場に私のお気に入りの毛糸の帽子を忘れたことがありました。
売場に戻ると、店員さんが帽子を預かってくれていて、本当にうれしかった…。
今でも街に行くと、必ず福屋に足が向きます。
福屋は私の生活の中で、いつも身近にあり続けているデパートです。

大切な思い出の一コマ
薬師寺 秀昭(59歳)〈東広島市〉

私にとっての福屋は福屋百貨店という呼び名で思い出されます。
私の小さい頃、母の「広島へ(親戚へ)行くよ。」の言葉は、幼な心に大変嬉しく感じたものでした。
広島まで出るのに、ガタガタ道を油のにおいのするバスに乗り、西条で電車に乗り何時間もかけて出るのですが、それが苦にならないくらいのものでした。
その理由の一つに福屋百貨店に必ず寄るという楽しみがあったからです。
広島駅からチンチン電車で行くと福屋が見えてきた時の喜びは表現できないくらいのものでした。
母は先ず私を屋上に連れて行き、いろいろな乗り物に乗せてくれました。どれもこれも楽しく時間の過ぎるのを忘れていました。母の「もう下りるよ。」の言葉がどんなにつらかったのか思い出します。
しかし、次に楽しみがあるのでしぶしぶ一緒に下りていきました。
次の楽しみというのは、母の買い物が済んでからの食堂での食事です。迷わず「これ」と指さすのは、お子様ランチ。あの旗とオムライスがとっても楽しみでした。
食事で満足し、最後に帰る時、おもちゃを一つ買ってもらい、最後の地下での福屋まんじゅう。
機械の上をぐるぐる回りながらできあがるおまんじゅう。
上に福屋のマークの入ったちょっと小ぶりのおまんじゅう。これを見、これを買ってもらって帰る時は広島に付いてきて良かった、また次も早く連れてきて欲しいな、そうした思いが残る福屋百貨店です。
親戚へ着いても、福屋まんじゅうを皆でおいしくいただき、ながめ、満足感に浸っていた私を思い出します。
もうあの頃には戻れませんが、とても幸せな五〜六歳の私がそこにはいました。
福屋百貨店、福屋まんじゅう、きらきら輝いていた子ども時代の大切な思い出の一コマです。

ファミリーレストランと小福まんじゅう
徳原 のり子(42歳)〈呉市〉

私が幼かった頃、デパートは今のようにジーンズにTシャツ姿で行くところではなく、親も子どもも目一杯のおしゃれをして行く所でした。
幼稚園の頃の私はデパートに行くよと言われると、ピアノの発表会で着るようなビロードのワンピースにジャケット、手には赤いハンドバックを提げ、気分は大人のレディ気分でした。
ファミリーレストランでお子様ランチを食べ、椅子に持ち慣れてないハンドバックを忘れて、お店の方が追いかけてくださったり…ということもありました。
そして一通り買い物を済ませると、地下の小福まんじゅうを作る工程を見るのが好きでした。
もちろん、おまんじゅうも好きでよく食べていました。それに劣らず好きだったのが、顔にほくろのある愛想のよいおばちゃんが作るたこ焼きがほわっほわっとして、冷めても美味しくて大好きでした。
昔を思い出そうとすると、食べ物に困った世代ではないのに、なぜか食べ物ばかりが浮かんできます。
広島には他にも百貨店はありますが、広島で生まれ根付いた百貨店だからでしょうか、親がいつも言っていたのが頭の片隅に残っているのか、今でも大事な人への贈り物などは必ず福屋となってしまいます。
今年で80周年とのこと、本当におめでとうございます。

※エッセーをご紹介させていただいた方のお名前・年齢・住所は、2009年(平成21年)10月1日(木)付で中国新聞に掲載された当時のものです。